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福智院の仏像 |
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本尊 地蔵菩薩像 |
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| 桧の寄木造りの上に漆を塗り重ね、その上に彩色が施されていました。右手に錫杖を執り、左手に宝珠を捧げ、右足を安座にした丈六(2.73m)の座像で、宜字座(1.60m)の上に、舟型の光背(5.05m)一ぱいに小形の化仏をつけた、千仏光背を背負っている。
台座からの総高は6.76mもあり、どっしりとした南都特有の鎌倉彫刻で、気魄に満ちた御本尊は慈相をたたえて鎮座されております。 |
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千体仏舟型挙身光背で、二重円相部には、頂上に不空成就如来(釈迦と同体)、左右三躰つづ、六体の地蔵菩薩像(六地蔵)、 仏像の光背に多数の化仏を表すことは、その仏の功徳や世界観を表すものとして、経本には説かれているが、それを造像に表現することは現存例としては少なく、地蔵尊としては、福智院の本尊が唯一であります。 光背の化仏は560体、六地蔵と本尊を入れると全部で567体であり、釈迦滅後、56億7千万年の後に下生すると云う弥勒の信仰に付合し、私達に大きなロマンを与えてくださいます。 |
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興正菩薩(南北朝時代) |
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| 父は興福寺僧。はじめ醍醐寺などで真言学を修めたが、戒律を修行して衆生の利益をはかることを決心し、三十五歳の時に西大寺に住し、以後戒律の普及に尽力された。
人々の救済、殺生の禁断、伽藍の修造など、戒律の護持による滅罪生善の功徳を説き、真言律宗を樹立された。 |
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